『幻夏』太田愛 著

涙がこぼれる

毎日が黄金に輝いていた12歳の夏に出会った、尚と拓という転校生の兄弟。
8月最後の夜、尚は川辺の流木に奇妙な印を残して、忽然と姿を消した。

23年後、刑事となった相馬は、少女失踪事件の現場で同じ印を発見する。

「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」

相馬の胸に蘇る親友の言葉。
あの夏、本当は何が起こっていたのか?
今、何が起ころうとしているのか?

人が犯した罪は、正しく裁かれ、正しく償われるのか?

石段坂の降り口に着くと、尚も拓もまだ来ていなかった。
クマゼミが空気を刻むように鳴くのを聞きながら、僕は一番上の段に腰を下ろした。
照りつける朝の陽射しは早くも昼の暑さを予感させた。

辺りを見渡すと、そこここに一昨日の台風の痕跡が残っていた。
家々のアンテナはなぎ倒され、骨だけになったビニール傘の残骸が道端に散らばっている。
石段坂の途中には青々とした葉を茂らせたまま無残に折れたポプラの枝が転がっていた。

僕は、ふと台風の夜の尚のことを思い出して不安になった。
黒いクーペの屋根の上に立った尚の姿が、僕の頭の内側に写真のように貼りついている。

あんな尚を見たのは初めてだった。
あの夜、僕は初めて尚が何かに苦しんでいるんじゃないかと思った。

本作の主人公である相馬は、刑事事件を捜査する中で、かつて親友が残した印と同じものを発見します。


ただのキズのように簡単ではない、明らかに何かを指し示すような印。
事件の真相に迫るべくその印を辿ることで、やがて、23年前に隠された真実も明らかになっていきます。

おススメポイントは、少しずつ過去と現在がリンクしていくところと、親友が残した意味深な言葉の意味、そして印が指し示すことが明らかになるとき、それを読者がどう受け止めるか問われる点ではないでしょうか。

”正しさ”とは何か?一度考える意味でも、一読してみてはいかがでしょうか。

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