『銀花の蔵』遠田潤子 著

小説

私は、この醬油蔵の当主になる!

大阪万博前夜。父の実家である奈良の由緒ある醬油蔵で暮らすことになった少女、銀花。
蔵を切り盛りする祖母の多鶴子ら一家に馴染もうとするが、母の盗癖、祖母と父の不仲、自らの出生に関する真実に悩む。

やがて成長し蔵を継ぐため奮闘する銀花は、一族の秘められた過去を知ることにーー。

”罪ではない罪は普通の罪よりずっとタチが悪い”
”どんなときにでも誰かのことを考えられる、という心の在り方を強さと呼ばずしてなんと呼ぼう”

家業に身を捧げ、新たな家族を築く女性の半生を力強く描く長編小説。

本作は、醤油造りに奮闘する少女、銀花を主人公とした家族史小説です。

絵描きながら跡継ぎを強要される銀花の父
美しく料理上手ながら、盗み癖がある銀花の母
二人を守ろうと、健気に動き回る銀花

しかし、銀花を待ち受ける展開は、あまりにも理不尽で残酷・・・・・・

それぞれが抱える境遇、真意、過去は、もちろんバラバラ
だから、自分以外の誰かと同じ空間に居る以上、すれ違いが起こるのは仕方のないことです

それをお互いにどう歩み寄れるか、受け入れられるかが大切なんだと感じさせられた作品でした!

ぜひ一読してみて、重厚な醤油蔵の世界に浸ってみてはいかがでしょうか?

✐おすすめポイント

父との関係、母の盗癖、祖母との確執、自分の生い立ち、それらに振り回され、理不尽なかたちで次第に追い詰められていく銀花の姿。

厳しい境遇に追い込まれながらも、現実を受け止め、周囲の大人たちと真摯に向き合い、少しずつたくましくなっていく銀花の姿。

✐推しの一節

『歳を取るということは、こんな些細な後悔を積み重ねていくことだ』

世間からの冷たい風当たりに耐え、夫の剛と耐え忍ぶように必死に醤油蔵を切り盛りしてきたが、せめて結婚式だけでも挙げておけばよかったと思った銀花。

激動の半生の中、何度となく避けられぬ、受け入れるしかない現実に直面し、そしてたくさんの後悔を繰り返し生きてきた。しかし、結果的にそれらが銀花を逞しくし、そして醤油蔵を大きくした。

芯の強い人、心根の優しい人は、きっとなにかしらの後悔を積み重ねて生きてきているのだと思います。

今目の前にある現実は一つですが、それをどう捉えるかは自分次第。
ピンチなのかチャンスなのか、もしくはそれ以外なのか?

それを決めるのはあなた次第です。

足音が二つ、転がるように廊下を駆けてきた。

「お祖母ちゃん、今日、学校休んで蔵の工事見てていい?」

台所へ飛び込むなり双子が声を揃えて言う。
銀花は一升瓶を洗っていた手を止め振り向いた。
双子たちの眼は深い琥珀色に輝き古い絵本の挿絵のようだ。
なんだか胸が痛くなる。

「お父さんとお母さんは休んでもいいて言うてるの?」

「ううん、あかん、って。でも、お祖母ちゃんがいいって言うてくれたら休めるから」双子の片割れ、女の子がませた口調で言う。

「お父さんとお母さんがあかんて言うなら、あかんわ」

再び亀の子たわしで力を入れて釜を洗う。
冷たい水が跳ねて顔にかかった。

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