『水を縫う』寺地はるな 著

手芸好きをからかわれ、周囲から浮いている高校一年生の清澄。

一方、結婚を控えた姉の水青は、かわいいものや華やかな場が苦手だ。
そんな彼女のために、清澄はウェディングドレスを手作りすると宣言するが、母・さつ子からは反対されて――。

「男なのに」「女らしく」「母親/父親だから」

そんな言葉に立ち止まったことのあるすべての人へ贈る、清々しい家族小説。

第9回河合隼雄物語賞受賞作

感想

本作は、主人公とその家族が、それぞれに違和感を感じている”男らしさ女らしさ”に苦悩しながら、家族で現実と向き合い、乗り越えていく家族小説です。

“男らしさ” とか “女のくせに” とか、無意識のうちにレッテルを貼ってしまう行為は、多様性が叫ばれている現在においても、どうしても拭い去ることができないものです。
それはとてもデリケートなものなので、たとえそれに違和感を感じていたとしても、声を上げることは勇気が必要だし、誰かに貼られたレッテルを声高に否定することも、同じくらい勇気が必要です。

また、たとえ自分で違和感を感じていたとしても、それを受け入れること、それに気づくことも難しいのかもしれません。

本作では、男らしく、女らしく育ってほしいと願う母親と、違和感を感じている子どもたちとの葛藤が、優しい言葉で丁寧に導かれています

それぞれが抱えた性に対する違和感をどのように受け入れていくのか、その過程はとてもあたたかなものでした。

”らしさ”に迷っている方、ぜひ一読してみて、”自分らしさ”を見つけるヒントを探してみてはいかがでしょうか?

おすすめポイント

✐推しの一節

『明日、降水確率が五十パーセントとするで。あんたはキヨが心配やから、傘を持っていきなさいって言う。そこから先は、あの子の問題。無視して雨に濡れて、風邪ひいてもそれは、あの子の人生。今後風邪をひかないためにどうしたらいいか考えるかもしれんし、もしかしたら雨に濡れるのも、けっこう気持ちええかもよ。あんたの言うとおり傘持っていっても晴れる可能性もあるし。あの子には失敗する権利がある。雨に濡れる自由がある』

「好きにしなさい」「あんたにも失敗する権利がある」が口ぐせの母に対し、もっと子どもに関心を持つべきだと怒りをぶつけた清澄の姉の水青。

それに対し、母が諭すように告げた言葉。

子どものころなら母の放任主義に寂しさを感じるかもしれないが、大人になった今、その言葉に意味がとても理解できる。「すべての物事について、結局さいごに決めるのは自分」というアドラー心理学に通ずるこの言葉、昔に戻れるなら甘えていた自分に伝えたい。

男(女)らしさを受け入れると決めるのは自分、自分らしさを貫き通すと決めるのも自分。

作品の冒頭(抜粋)

真新しい布や革の匂いがした。
おろしたての制服やかばんが放つ、ぎこちない匂い。
入学式を終えて案内された教室の机には、出席番号と氏名が書かれたちいさな紙がはってあった。
「四十番、松岡清澄」の席は、窓際のいちばん前だ。

どこからか飛んできたらしい桜の花びらが一枚、ガラスにはりついている。
今年は桜の咲くのがはやかったから、入学式の頃には散りかけているかもしれない、と祖母が言ったとおりになった。

「じゃあ今からひとりずつ立って、自己紹介をしてもらいます。名前と、出身中学と、そうね、あとはなんでもいいです。趣味とか、好きな食べものとか・・・・・・なに部に入るか決めてる人は、教えてください」

担任は女の先生だ。
姉と同じくらいの年齢に見えるが、自信はない。
自己紹介と聞いて、教室がちいさくざわめく。
出席番号一番の生徒が立ち上がる。

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