7年前、25歳で死んでしまった一樹。
遺された嫁・テツコと今も暮らす一樹の父・ギフが、テツコの恋人・岩井さんや一樹の幼馴染など、周囲の人物と関わりながらゆるゆるとその死を受け入れていく感動作。
本屋大賞第二位&山本周五郎賞にもノミネートされた、人気夫婦脚本家による初の小説。
感想
本作は、あまりにも突然の夫の死を受け入れきれていない嫁とその義理の父が、周囲の人との交流や、亡くなった夫の思い出、知人と関わり合いながら、少しずつ現実を受け止めていく感動作です。
前半の、のほほ~んとしたテツコとギフの生活は、ホントにごく普通。
ごくありふれた日常生活を、のんびりとした描写で描いています。
ですが、中盤くらいから登場してくる様々な個性的な登場人物が、少しずつ亡き夫の一樹への想いを語っていき、そのあたりからちょっとしんみりと。
旅立ってしまった夫の一樹。
それに対し、勝ち気で弱さを見せない嫁のテツコと、口下手で不器用なギフ。
この二人は、一樹の死を受け入れきれてなく、どこか現実離れしたものと感じていますが、終盤にかけてそれを受け入れると同時に、それぞれが仕舞い込んでいた想いが溢れ出し・・・・・・。
いつか私自身が大切な人を亡くしたとき、いったいどんな風に気持ちを整理するのか。
取り乱さず、思い病まず、日常を変わらず続けられるのだろうか。
結末で語られるこれがテツコなりの、そしてギフなりの一樹への想いの形なら、二人はとてもたくましいと思いました。
大切な何かをなくし、心の整理に迷っている方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。
✐おすすめポイント
勝ち気の嫁テツコと、口下手で不器用なギフ。この対象的な二人が、一樹の思い出の残るひとつ屋根の下で暮らしながら、互いに受け入れ合い、現実を受け入れていくところ。
前半の穏やかなのんびりした話から、少しずつ現実と向き合う姿は涙なしでは読めません。
✐推しの一節
「悲しいかな、人はいつも何かにとらわれながら生きてますからねぇ」
ギフがテツコ言った一言。
どんなに達観したとしても、人は少なからず嫉妬とか欲望とか、様々な感情にとらわれながら生きています。
同時に、しがらみや組織、ルールや生まれ育った環境など、自分の力ではどうすることもできないものに縛られています。
そのようなものから完全に離れることはできない、そうわかった上でできる範囲で受け入れて生きていくしか無いという、ギフなりの教訓?のようなものだと感じました。
作品の冒頭(抜粋)
ムムム
<ムムム>は、庭先で両足を踏ん張って空を見上げていた。
両手の指で拳銃の形をつくると、それを高く突き上げ「バーン」と小さく叫んだ。
テツコが思わず見上げると、ちょうど銀色の飛行機が、ゆっくりと青い空を横切ってゆくところだった。
<ムムム>は、もう一度その玩具のような飛行機を「バーン」と撃ち落とすと、テツコの方を見て、ニッと笑いかけた。
「方、笑いましたか」
その日の夕方、焼酎とビールをやりながらテツコは、その話をギフにした。
ギフとは、義父のことである。
「間違いなく、笑いました」
「笑えるようになりましたか」
それは良かったと、ギフはビールを飲み干した。
<ムムム>は、少し前まで飛行機の客室乗務員をしていたのだが、ある日突然、笑うことができなくなってしまい会社を辞めた。
今は、寺山家の隣の実家に戻っている。
<ムムム>というのは、ギフがつけた名前である。
機嫌が悪いのなら「ムッ」とした顔をすればいいのに、それを隠そうとするものだから、怒ったような困ったような眉をひそめたムムムという顔になってしまうというのだ。
そのギフの発見以来、二人は<ムムム>と呼んでいる。