夫の定年退職を機に、東京から高知の白縫集落に移り住んだ夫婦。
美術教師だった夫の竣亮は趣味の陶芸に没頭したい、妻の麻由子は放射能汚染の不安のある東京から逃れたいと思っていた。
老人ばかりの村で、若く見られた二人は歓迎されるが、「くちぬいさま」と呼ばれる神を祀る神社に続く道の上に、竣亮が陶芸の窯を作ったことから、村人たちとの関係に亀裂が生じ、陰湿な苛めが始まる……
因習にとらわれた閉鎖的な集落で起こる、陰惨な物語。
感想
本作の舞台は、古くから因習が残る閉鎖的な山村地帯。
集落独自のルールであったり、誰と誰が~とかいう凝り固まった人間関係であったり、閉鎖的空間ならではの価値観であったりが、住民の間で暗黙の了解として共有されています。
そこに東京から移住してきた夫婦が、本作の主人公です。
移住直後は、集落内を案内してくれたり、集落の決まり事を丁寧に教えてくれたりと、会う人会う人がみな親切で移住してきたことを心から喜びます。
しかし、ささいなことで集落の”きまりごと”に反し、住民たちの琴線に触れたときから、物語の展開は一変し、少しずつ理解しがたい異変が生じはじめます。
やがてそれは、「くちぬいさま」の怒りへと繋がり……
穏やかなセカンドライフを夢見て、地方の集落に移住するという話は、もはや他人事ではありません。
しかしそこには、その集落独自のルールが、未だに深く根付いているということも、どんなに時代が進んでも理解しないといけません。
結局、どこに住んでいても人は人であり、憎みあいや妬みあいの先には、何も生まれないということを、深く感じる作品でした。
閉鎖的な集落と因習が絡みあうような話が好きな方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。
✐おすすめポイント
前半の穏やかな集落住民との交流から一転、後半にかけて怒涛のように押し寄せる、人間不信と怪異。
作品の冒頭(抜粋)
『ゴマカスナ。神サマガ見テオルゾ』
地元の者が「良心市」と呼ぶ無人の農家直売所に掲げられた看板。
麻由子は、デジタルカメラでぱちりと一枚写真を撮ると、プチトマトの袋を取って百円を入れた。
道路の両側に迫る山の斜面には、山桜がほんのり白い花を咲かせている。
見渡す限りの山、山、山。
ビルや電柱や車で混雑した道ではなく、緑しかない高知の田舎町を車で走っている自分が、麻由子はまだ信じられない。
麻由子は、心の中で夫の竣亮に語り掛けた。
あなたの選択は正しかった―
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