かつて演劇部にいた泉
大学2年の春、母校の演劇部顧問で、想いを寄せていた葉山先生から電話がかかってきた。
泉は、ときめきとともに、卒業前のある出来事を思い出す。
後輩の舞台の客演を頼まれた泉は、先生への想いを再認識する。
あの日、葉山から告げられた事実。
言葉にできずにしまいこんだ想い。
そして、彼の中にも消せない炎が紛れもなくあることを知った泉は……
叶わぬものと誓った想いと、その裏に秘められた悲しい過去が交錯する、忘れられない恋のものがたり。
感想
気づいたときには恋に落ちていた葉山と泉。
互いを想いながらも、教師と生徒という立場と年齢差という理由から、葉山は泉を遠ざけます。
そしてそこには、泉を遠ざけなければならない過去も。
その過去を赦せずひとりで抱え込む、実直でひたすら不器用な葉山。
その姿はなんとももどかしくもあり、だけどわからなくもなくて、葛藤がひしひしと伝わってきました。
葉山の気持ちがどこにあるのか、なぜ自分が受け入れられないのかわからない泉の気持ちも。
大切だからこそ近づいてはいけない、まるでヤマアラシのジレンマのような苦恋。
ふたりが出した答えが幸せだったのか、そうでなかったのか、読者で意見が分かれるかもしれません。
余談で、本作は映画化されており、劇中では泉を有村架純さんが演じていましたが、私の中では新木優子さんでした。
恋の難しさを知りたい方、哀しい恋をなくした方、思いっきり泣きたい気分の方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。
✐おすすめポイント
再燃する泉の想いと、それを素直に受け止められない葉山の距離感、そして葉山の過去を知った泉の気持ちの激動。
✐推しの一節
お願いだから、私を壊して、帰れないところまで連れて行って見捨てて。あなたには、そうする義務がある。
主人公の泉が、煮えきらない葉山にぶつけた言葉。
お互いがお互いを想いあっているのに、結ばれることができない。それならいっそのこと、あなたの手で私の全てを壊してほしいという、痛切な願い。
それほど深く誰かを愛せることができた泉は、ある意味幸せなのかもしれないと思いました。
作品の冒頭(抜粋)
大学一年の冬、年が明けてすぐのころに、父の海外転勤が決まった。
父は大学時代にドイツに留学していたこともあり、その経験が買われてベルリンの支社へ転勤の話が来たのだ。
「私はいっしょには行けないよ。大学もまだ三年間あるし、ドイツ語なんてさっぱり分からないし」
「そいうえば、高校生の時は泉、いつも楽しそうだったわね。同じ演劇部だった子たちは今どうしてるの?」
ふと母が尋ねた。
「みんな大学に通ってるよ。ほとんど会うことはないけど」
母は相槌を打ってから、ふいに思い出したように続けた。
「顧問の葉山先生も、まだいるの?あんたは一時期あの先生の話ばっかりしてたわね」
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