父の死をきっかけに実家の洋館を相続した明日香。
24年ぶりの実家は懐かしくも忌まわしい品で溢れていた。
遺品を整理しながら彼女は、家族への複雑な思いと父から必要とされなかった事実に気づかされる。
やがて好調だった仕事はうまくいかなくなり、恋人との関係も壊れ始めるが……。
「辛いことを生き延びた先で、すごくきれいな景色を見られるよ」-
この世界のどこかにあると誰もが信じている「愛」のその先を描く物語。
感想
本作は、父の死をきっかけに自分の人生を振り返る主人公が、現代社会という生きづらい世界の中で自分なりの希望を見出す作品です。
父の遺品整理のために実家に帰ってきた主人公の明日香。
24年ぶりということもあって、全てが懐かしいものばかりですが、そのほとんどは楽しかった思い出なんてなにひとつなく、否応もなく家族との辛い記憶が蘇ってきます。
ずっと家族を避け続けてきた明日香。
それは、幼少期の哀しい記憶のせいでした。
やがて、恋人に支えられながら、生きづらい現実をもがくように、それでも1歩ずつ確かめるように歩き出す明日香。
読み進めながら、その姿には私自身も重なる部分もたくさんあって、何度も何度も手を止めねばなりませんでした。
家族や恋人と向き合う、向き合って受け入れる、受け入れて前に進むことは、簡単ではありませんが、きっと誰にでもいつか訪れることであり、同時に誰しもが乗り越えていかないといけないことなのではないでしょうか。
生きづらい今を抜け出すヒントが欲しいと思っている方、ぜひ、一読してみてはいかがでしょうか?
✐おすすめポイント
彩瀬まるさんの繊細な文体で描かれた、現代の生きづらい世界。
✐推しの一節
『愛っていうのは、気持ちの悪い言葉だよ。使われるのは、基本的にそうじゃないものをそう見せようとするときだ。そしてその意味はどれだけ表現を変えたって、突き詰めれば誰かに干渉したいってことだ』
愛情が人に悪く作用するはずがないと言った明日香に対し、恋人の冬馬がつぶやいた一言。
愛とはこの世で一番きれいなもので、だれしもが同じようにそう思っていて、だからこそ親からされたことはすべて愛だと思っていた明日香。
愛は、愛だから、愛ゆえに、そういえば全て許される伝家の宝刀ではなく、それを隠れ蓑にして侵入してくるエゴや欲望もあるということでしょう。
愛も使いよう、捉えようで表情を変えるので、気をつけたいものです。
作品の冒頭(抜粋)
私はいったい誰なんだろう。
次々と差し出されるページに架空の名前を書き込みながら、ふと、頭の中が真っ白になった。
自分の名前や、女だとか娘だとか、そういう役割を理解する前の、ただのころんとした魂だった時代のふわつきを思い出す、心もとなくて広がるのある感覚。
確かな記憶はもちろんないのだけれど、そんな状態があったことは知っているような。
唐突な浮遊感は、サインを終える頃には流れ去っていた。
今日は来てくれてありがとう、と笑顔を添えて、わざわざ他県から来てくれたというショートカットの女の子に単行本を差し出す。
女の子は頬をほんのりと赤くして、うつむきがちに机を離れていった。
若いうなじを見送りながら、ああそうだ、とようやく自分の名前を思い出す。
「次の方、お待たせしました」
居間、私は斑木アスカという漫画家だ。
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