『慟哭』貫井徳郎 著

涙がこぼれる

連続する幼女誘拐事件の捜査は行きづまり、捜査一課長の佐伯は世論と警察内部の批判を受けて懊悩する。
異例の昇進をした若手キャリアの佐伯をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心を寄せる。

三月、連続幼女誘拐事件が発生した。
共通点は、事件発生日が月曜日であること。

少ない証拠と目撃情報。
遅々として進まない捜査。

佐伯は幼い被害者に、歳が近い娘の恵理子を重ね、憤りを抑えられずにいた……

一方、あてもなく街を彷徨う松本。
彼は娘を失った悲しみから立ち直れず、救いを求めていた。

「あなたの幸せをお祈りさせてください」

ふいに声をかけてきた新興宗教の女の子。
松本は救いを見出すべく、その教義にのめりこんでゆく……

日に日に高まる警察への批難の声。
佐伯の私生活を面白おかしくかきたてるマスコミ。

教義の核心へと迫る松本。
それとともに湧き上がる切実な思い。

誘拐犯の目的とは何か?
松本の心は救われるのか?

鋭い日差しが彼の眼前に降り注いでいた。
風のまったくない中に、蝉の鳴き声がジュワジュワと響いている。
ベンチにじっと坐っているだけで、体じゅうから汗が吹き出してくる。
いやになるほどの、暑い夏だ。

彼がベンチに坐ってから、かれこれ一時間が経っていた。
木陰とはいえ、じっとしているには耐えがたい暑さだ。
すでに彼のシャツは汗でぐずぐずになっている。

それでも彼は、そこから動こうとはしなかった。
退院直後の弱った体に、仮借ない夏の太陽が毒なのはよくわかっているのだが、どうにも立ち上がって家に帰る気力が湧かなかった。
彼は小一時間もの間、見るともなく視線をさまよわせていた。

本作は、捜査一課長の佐伯と、救いを求めて新興宗教に入信した、松本の二人の目線で描かれています。

世間を嘲笑うかのような誘拐事件の犯人と、優秀な捜査一課長佐伯との心理戦。
救いの先を新興宗教に求める松本。

オススメポイントは、次第に明らかになっていく様々な背景や環境が何を意味しているのか考えるところ、そして、現代社会に溢れている闇が、惜しげもなく盛り込まれているところでしょう。

自分が犯人の立場ならどうするか?
自分が佐伯の立場ならどうするか?

読後も良い意味でひきずる作品でした。

現代社会の闇を捉えた推理小説と人間ドラマを読んでみたい方、ぜひ、一読してみてはいかがでしょうか。

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