✐あらすじ
昨年、夫の孝之が事故死した。
まるで二年前に他界した義母佳子の魂の緒に搦め捕られたように。
血縁のない母を「佳子さん」と呼び、他人行儀な態度を崩さなかった夫。
その遺品を整理するうち、私は小さな桐箱の中に乳児の骨を見つける。
夫の死は本当に事故死だったのか、その骨は誰の子のものなのか。
猜疑心に囚われた私は……
家族の”軋み”を鋭く捉えた9つの短編集。
✐はじまり
その朝、私はいつになく早い時間に目を覚ました。
はっきりとは覚えていないが、夫がいた頃の夢を見ていた気がする。
夫の孝之の低い声、柔和な目を思い起こしながら、胸の底が揺れるような、落ち着かない気持ちで体を起こした。
寝室を出て、廊下の突き当たりの洗面所に向かう。
小用を済ませ、顔を洗い、うがいをした。
十年前、胃癌を患った夫の父が闘病の末に亡くなり、子供のいない私たち夫婦が、この家で義母と同居すると決まった。
夫はリフォーム業者を呼んで、二階にトイレと洗面所を作らせた。
夫の選んだ樹脂製の洗面台は汚れが付きやすく、昔は頻繁に磨き上げたものだが、老眼の進んだ今では、あまり気にならなくなった。
✐さいごに
本作は、家族が抱える秘密をテーマにした、9つの短編集です。
表題となっている『夫の骨』は、事故死した夫の遺品整理を進めていた妻が、遺品の中から乳児の骨を発見し、夫の隠された姿に気づくとともに、意外な真相にたどり着きます。
おススメポイントは、巧みに読者の目を惑わせるストーリー展開でしょう。
どの話も、決して他人事とは言えず、身近に潜んでいる可能性が十分にあり、フィクションで面白かった!だけでは済ませられない読後感でした。
日常に潜む家族の軋みを感じてみたい方、ぜひとも一読してみてはいかがでしょうか。