✐あらすじ
陰惨な歴史が残る四国山中の集落・尾峨。
尾峨に赴任した中学教師・金沢には、競技中の事故で陸上を諦めた疵があった。
彼の教え子になった金髪の転校生・杏奈には、田舎を嫌う根深い鬱屈が。
一方、疎外感に苛まれるIターン就農者・松岡は、そんな杏奈を苦々しく見ていた。
一見、無関係な三人。
だが、彼らが平家の落人伝説も残る不入森で交錯したとき、地の底で何かが蠢き始める……。
✐はじまり
それは常闇から浮かび上がった。
茫洋たる海の中をたゆたうように空ろな仮眠はとぎれ、つながり、また続く。
小さな萌しがそれを揺り動かす。
まぼろしの世界の中のたったひとつの生々しいものー飢餓。
それは飢えていた。
森の底-土の中。
湿潤で寒々しいその場所で、それははっきりと覚醒する。
岸を打つ波のような原初のリズムにしばらく身をまかせた後、それは動き出さす。
模糊とした形象のまま森の底を這い進む。
霧が屍衣のようにそれを覆っている。
やがて明るく開けた場所に到達する。
振動が伝わってきた。
何かが近寄ってくる。
生体が生み出す一定のリズムを感じ取って、それは頭をもたげた。
時がきたのだ。
✐さいごに
本作の舞台は、四国の山深い小さな集落です。
奇しくも同じ時期にこの地にやってきた三人ですが、それぞれ内に秘める鬱屈があります。
それぞれの鬱屈が高まり、爆発しそうな音に呼応して、森に潜むものが……
おススメポイントは、次第に追い込まれていく三人の心理描写と、その背後からじわじわと迫りくる何者かの描写の、息も詰まりそうな展開でしょう。
読後は、森に入ることを躊躇してしまうかもしれません。
集落が舞台のぞくぞくするような恐怖を体感してみたい方、ぜひ、一読してみてはいかがでしょうか?