週に一度女装して街に出て、男達の視線を浴びるのを趣味にしているサラリーマン・松岡。
しかし女装時にナンパされてさんざんな目に遭う。
その場を救ってくれたのが、同じ会社の冴えない先輩・寛末だった。
不器用でトロいと悪評の寛末と女と誤解されたまま逢瀬を重ねてしまう松岡。
ついには恋の告白を受ける。
もう会わない方がいいと決心する松岡だったが……。
感想
本作は、思わぬ出会いから始まるBLを通して、主人公が自分の本心と向き合い、同時に人の痛みと向き合う、恋愛小説です。
仕事のストレスを発散するため、週末に女装して街に繰り出す松岡。
もともと顔立ちも整っており、スタイルも細身であるというのもあって、化粧をしてドレスで着飾れば、誰もが羨むような美女に変身します。
しかしある夜、調子に乗りすぎた松岡はナンパしてきた男に襲われ、暴行を受けてしまいます。
後悔と痛みに苦しむ松岡に、そっと手を差し伸べてくれたのは、同じ会社の冴えない先輩、廣末でした。
優秀な松岡は、会社ではトロくて評判の悪い廣末との接点は全くありません。
だけど、女として接した廣末はとても穏やかで優しく、強い男でした。
正体を隠したまま続ける逢瀬。
真実を知ったとき、二人の想いは・・・。
初めてのBL作品でしたが、恋愛小説としてとてもおもしろかったです。
エリート松岡の隠された女装癖、廣末の意外な一面、そして真実がわかったときの二人の心の動きは、どれも等身大で、とても繊細に描かれていました。
”普通に”出会っていたら気づかなかった気持ちだけど、こんな出会い方だからこそ気づけたのだろうと。
二人の苦しい光の結末、ぜひ一読して確かめてみませんか?
✐おすすめポイント
遊び感覚で逢瀬を繰り返す松岡と、純粋な気持ちでそれに答える廣末。その距離感と気持ちが、終盤にかけて入れ代わり立ち代わりめまぐるしく変化するところ。
✐推しの一節
寛末が見えなくなった後で、少し泣いた。自分はあの不器用で要領の悪い男を好きなのかもしれないと、愛しているのかもしれないと、そう思った。
不器用に、松岡に会いたいと願う廣末。
冷やかし半分で始めた関係だが、廣末のあまりにも純粋な人間性に心が揺れ動き、その変化に松岡自身が気づいてしまった瞬間の一節です。
誰にも知られたくない想い、自分が初めてしまった冷やかしの恋、これを境に松岡はもがき苦しみ、いろんな感情を抱きながら結末に向かっていきます。
作品の冒頭(抜粋)
不公平だよ・・・・・と喋りながら、福田健史が串の焼き鳥を前歯で挟んで抜き取った。
午後八時、駅の近くにある居酒屋は白やピンストライプの半袖シャツでごった返している。
冷房が効いているはずだが、人の密度が高いせいで、店の中は今年の最高気温をマークした昼間の余韻を引きずるように蒸し暑かった。
額にじわりと汗が浮かび、酒がすすむ。
店の主人の愛想のなさを示すように内装がそっけないので、デートをするには雰囲気が足りないのか女性連れの男はいない。
後は大学生と思われる輩がポツポツと点在するだけ。
福田は松岡洋介の前でチッチッと舌打ちしながら、裸になった串を指揮者のように前後に振ってみせた。
スーツの袖口で、グッチの時計が揺れる。
「俺はさあ、ヤツを見てると非常にストレスを感じるわけよ。でもヤツ自身はそれに気づいていない。俺だけが一方的にこう、苛々するのはなんか理不尽な気がするんだよな」
松岡はすっかり汗をかいたチューハイのグラスを口元に運んだ。