『百花』川村元気 著

「あなたは誰?」
徐々に息子の泉を忘れていく母と、母との思い出を蘇らせていく泉。

ずっとふたりで生きてきた親子には、決して忘れることのできない”事件”があった。
そう、かつて ”母を一度失った” ことを。

記憶が消えゆく中で、泉はずっとしまい込んできた過去に手を伸ばす……

過去から去り行く母と息子の、愛と記憶の物語。

感想

母の百合子とふたりで生きてた泉。

泉には、幼いころからずっと百合子に確かめたいことがあったのですが、触れてはいけない、真実を知るのが怖いという気持ちから、ひとり胸の奥に封印していました。
しかし、泉が結婚し家を出る日が近づく中、百合子の記憶が次第に消えていくことに気づきます。

病状が進行し、記憶が薄れゆく百合子。
このまま記憶をなくしてしまえば、あのときの真相を確かめることはできなくなってしまう。
それは同時に、泉自身が一生この記憶を抱えたまま生きていかなければならない、ということ
でもあります。

このまま百合子には穏やかに過ごさせてあげたいという想い。
わからなくなってしまう前に、どうしても百合子の口から真相をきかせてほしい。
そして、泉が出した決断は……

真実を知ることが果たして幸せなのか、親子だからこそ守るべき、触れずにおくべきことがあるのではないか、そう感じる作品でした。

老いてゆく親と上手に向き合うことができない、そんな方にこそ、ぜひ読んでほしい作品です!

おすすめポイント

飲酒、アルコール依存という現実に対し、さまざまな登場人物ごとの視点で描かれる本作品。互いの気持ちのすれ違いから、本心を伝えられないもどかしさを抱えながら進むストーリー展開。

✐推しの一節

作品の冒頭(抜粋)

家に帰ると、母がいなかった。
古びた一軒家の玄関で靴を脱ぎながら、葛西泉は母を読んだ。
暗い廊下に声が響き、先に見える居間の電気も消えていた。
二階にもひとけはなく、家の中は冷え切っていて外よりも寒く感じた。
泉はダウンジャケットのファスナーを上げる。温かさを期待して駅から歩いてきたからだが小刻みに震えていた。

生臭いにおいが鼻をつく。
母が夕食の支度をしているはずの台所は空っぽだった。
蛍光灯をつけると、小ぶりなシンクには汚れた食器やグラスが積み重なっていた。
ガスコンロの上には、白菜が残った鍋がそのまま置かれている。

几帳面な母にしては珍しい。
母はこまめに洗い物をする人だった。

幼い頃……

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