女性判事・片陵礼子の経歴には微塵の汚点もなかった。
最高裁判事への道が拓けてもいた。
そんな彼女はある男が気になって仕方ない。
かつて彼女が懲役刑に処した元服役囚。
近頃、裁判所の前に佇んでいるのだという。
違和感を覚えた礼子は調べ始める。
それによって二人の人生が宿命のように交錯することになるとも知らずに……。
”恋で終われば、この悲劇は起きなかった。”
美貌の女性判事と謎多き殺人犯、宿命に翻弄される女と男の感涙のミステリー。
感想
本作は、誰もが羨む美貌の女性判事と、彼女が判決を下した元服役囚が、互いの境遇を通して人間らしさと向き合い、自分自身を取り戻す苦悩を描いた作品であり、同時に胸が張り裂けそうになるくらい切なすぎる恋愛小説でもあります。
主人公の礼子はとにかくスペックが半端ない。
誰もが羨む美しさとスタイル、東大在学中に司法試験にトップ合格した頭脳、冷静沈着な判断。
だけど、複雑な生い立ちもあって”人間らしい”感情を持ち合わせていません。
一方で、かつて礼子から懲役刑に処された蛭間隆也。
蛭間もまた、複雑な生い立ちから感情を押し殺して生きていました。
”そんな二人”が再会したことで展開は思わぬ方向へと進み、ラストは胸が張り裂けそうなほど切なかったです。
”そんな二人”だったからこそ、わかり合い、通じ合えたものがあったのだろうと。
生まれ育った環境や境遇が恵まれないものだったとき、自分を守るために順応するのか抗うのか。
だけど結局、礼子のように完璧な人間でさえ、何が正しかったのか大人になるまでわからなかった。
そんなところに、この作品の深さを感じました。
とにかくラストは切なくて切なくて号泣。
余談ですが、個人的に片陵礼子のイメージは宮本茉由さん、蛭間隆也のイメージは伊藤英明さんでした。
最近泣いていない方、究極の恋愛小説を求めている方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか?
✐おすすめポイント
不遇な生い立ちに抗うべく、他者との鑑干渉を避け、独り強く鋭く生きてきた礼子が、蛭間隆也との出会いによって本当の自分と向き合い、人間らしさを取り戻していくところ。
✐推しの一節
『私、間違えますから。間違えるから、だから、明日も一緒にいてください』
今まで判事として間違ったことはない礼子が、蛭間に対して告げた一言。
礼子が”間違い”を極端に恐れる理由は、幼少期に生き別れになった母親にあり、そのトラウマに抗うべく強く逞しく今まで生きてきた。
そんな礼子が、間違えてもいいから、自分が間違っていると認めてもいいから、それでも良いから一緒にいてほしいという言葉に、二人の深い宿命を感じました。
この瞬間、礼子は人間らしさを取り戻したのかもしれません。
作品の冒頭(抜粋)
ひらひらと鳥は舞い落ちていった。
いや、ひらひらと感じたのは一瞬だったのかもしれない。
ほんの、数秒。
コンマ何秒の世界だったのかもしれない。
不格好な片方の翼をばたばたと上下させ、それは落下していった。
最初はおおきくふたつの翼を広げた。
が、飛べぬと気づくと手負いの片方の翼を必死に広げた。
片方の翼だけに力を入れたからか、本来なら平行に進むべき道を、躰を右斜め上に傾け、必死に、折れた右の翼をばたつかせた。
十二歳だった礼子は小学校の教室のベランダから、落下していく鳥の背中を見つめた。
「だから言ったのに」
礼子は隣に立つ同級生の夏目三津子の目を見て言った。
夏目三津子は礼子に視線をむけることもなく、いや、礼子が発した言葉など、もともとこの世になかったかのように、ただ落ちゆく鳥を呆と見つめていた。
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