雪屋のロッスさんは、トラクターに似た造雪機に乗って、ほうぼうの街をまわります。
大晦日、誕生日、スキー大会、クリスマス。
ロッスさんの雪は、結晶のかたちに工夫がこさられ、通常の三倍長持ち。
さて、ある冬の夜のこと…… 表題作『雪屋のロッスさん』より
個人タクシーのヤンリ・ヘムレンさん。
独自の乗車サービスがあるので、「なぞタクシー」と呼ばれています…
調律師のるみ子さん。
依頼されたピアノのチューニングを、いつも一音わずかに外しておきます…
巡査になって5年目の石田さん。
顔は鳥ですが、射撃の腕前は髄一です…
クセが強いけど、どこか温かみのある登場人物が繰り広げる、ふしぎがつまった31の小さな物語集。
感想
本作は、クセのある31人の住人たちが繰り広げる、小さな物語集です。
どれも3~4ページの短いお話ばかりですが、主人公はみなクセが強く、それでいて譲れない信念を持っています。
それらの信念のクセも強く、ただ頑固なだけに見えますが、その信念により救われる人が居て、どの主人公も街や人に愛されていることがわかります。
例えば、表題作になっている『雪屋のロッスさん』。
ロッスさんはトラクターのような造雪機で、さまざまな人の要望に合わせて雪を作ります。
ですが、すべての人が雪に対して良い印象を持っているとは限りません。
中には、雪で悲しい思いをした人もいたり。
ですが、ロッスさんはそんな人にも優しく寄り添い、声を聞くことで、いっしょに悲しい思い出に寄り添ってあげると・・・・・・
いずれの話も、劇的にドラマチックな展開があるわけではありませんが、いずれの話も読んだ後に心がほんわりと暖かくなっていることに気づくはずです。
ほんわかとしたぬくもりを感じてみたい方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。
✐おすすめポイント
31人のクセが強い主人公たちが、それぞれ持ちわせた、一見他人には理解しがたいような信念で、どんなふうに人を救い、どんなふうに愛されているのか、ワクワクしながら読み進めるところ。
✐推しの一節
「まあ幸いなことに、雪はいずれ溶けます。はかないようですが、そこが雪の良いところです」
雪に対して哀しい記憶が拭えずにいる人。だけど雪はいつか溶けて消えてしまうように、それといっしょに悲しい記憶もいつかなくなる日が来る。
美しいものもそうでないものも、永遠のものではなくいつか消えてなくなるからこそすばらしいのだと、そう言っている気がしました。
作品の冒頭(抜粋)
ヨハン・ロッスさんは有名な雪屋です。
ふだんは、トラクターに似た造雪機に乗って、ほうぼうの街を回っています。
(速さもトラクター並にのろい。)
大晦日や誕生日、スキー大会の日など、ロッスさんは注文に応じて雪をつくる。
だるまストーブの煙突みたいな管から、ぶんぶんやかましい音とともに、真っ白な雪が吹き出されていきます。
市民公園を一面の銀世界にかえるのに、ほんの十分程度しかかかりません。
ロッスさんの雪は、結晶のかたちに工夫をこらしてあり(企業秘密だそうです)、昼ひなかでも通常の三倍は長持ちします。
もちろん、さわった感じは、ほんものの雪と何らかわるところがありません。
「意外に需要があるもんですよ」
とロッスさんは少しほほえんで、
「季節問わず、場所も問わずに」