うるさいっ

怖い話

これは、霊感の強い友人のS氏が実際に体験した話である。

S氏がまだ20代だった頃、数ヶ月ではあるが葬儀屋で働いていたことがあった。

当時、社員の中でもいちばんの若手だったS氏は、式に来場した親族への対応だけでなく、クレーム対応から雑用まで、とにかく馬車馬のように遣われていたという。

今であればパワハラに近いものがあるが、S氏は根っからポジティブな性格だったこともあり、特に不平を漏らすこともなく、むしろ楽しむように引き受けていた。

ある日、S氏は小学生くらいの男の子の通夜を担当した。
式自体は滞りなく進んだのだが、幼いわが子を亡くした両親の衰弱ぶりは目を覆いたくなるほどで、さすがのS氏もひどく辛い気持ちを覚えた。

やがて式が終わるころ、親族から社員に相談があった。
”寝ずの番”を母親が引き受けたのだが、体調が思わしくないので社員の誰か代わってもらえないかという。

それを聞いた途端、一瞬にしてその場の空気が張り詰め、S氏をのぞく社員が一斉に顔を引き攣らせた。

寝ずの番とは、お通夜の後に夜通し線香と灯明を灯し続け、故人の遺体を見守ることをいう。

先ほど、両親の悲しみぶりを見ていたS氏は、それならば僕がやりましょうと、迷うことなく引き受けることにした。

すべての社員が帰った後、S氏はひとり当直室にいた。
線香とろうそくの火が消えないよう、気をつけるだけだ。
特に難しいことではない。

S氏は、他の社員が一様に寝ずの番を嫌がっていたことを訝しく思いながらも、朝までテレビを見て時間を潰すことにした。

誰もいない式場に、テレビの音声だけが聞こえている。
他に物音がしないため、音量を下げていてもよく聞こえる。

と、次の瞬間、葬儀場の方から足音が聞こえてきた。

「スタ、スタ、スタ・・・・・・」

突然の出来事に、S氏は我が耳を疑ったが、その音はまだ聞こえている。

「スタスタ、スタ、スタ・・・・・・」

間違いなく、これは人の足音である。

もしかしたら、母親が寝ずの番を変わろうと戻ってきたのかもしれない。
そう思ったS氏は、急いで葬儀場の方へ向かった。

驚かせないように、ゆっくりと室内に入る。

しかしそこには、亡くなった男の子以外、誰もいなかった。

「おかしいな、さすがに働きすぎて疲れてるのか」

妙だなとは思いながらも、S氏は栄養ドリンクでも飲もうと、当直室に戻ることにした。

そこでS氏は、ある異変に気がついた。
つけっぱなしだったはずのテレビが消えていたのだ。

さすがのS氏の中にも次第に、これは気持ち悪いぞという感覚が頭をもたげてきた。
芽生え始めた恐怖心を打ち消すように、テレビをつけ音量を上げる。

しかし次の瞬間、パチンッという音ともにテレビが消された。
そしてさらに、葬儀場からあの足音が聞こえてきた。

「スタ、スタ、スタ・・・・・・パタパタパタパタ」

今度は歩く音ではなく、走り回っているような音だ。
そう、まるで子どもが遊び回るように走っている音だ。

恐怖に震えながらも、S氏はそこであることを思い出した。
葬儀場にいる男の子、確か病気が原因でずっと両脚が不自由だったはずだ。

もしかしたら、今になってようやく好きなだけ走り回ることができて嬉しいのかもしれない。
そう思えた途端、S氏の中にあった恐怖心はどこかへ行ってしまった。

「俺はテレビ見てるから、君は好きなだけ思う存分走っていいよ」

そう言うと、S氏はテレビをつけた。

「パタパタパタ・・・・・・パタパタ・・・」

それにしてもよく走る。
テレビの音が聞こえにくい。

「パタパタパタ・・・・・・」

S氏は次第に足音が気になりだし、だんだんイライラしてきた。
やがて我慢の限界に達したS氏は、腹の底から大きな声で男の子の霊に言った。

「うるさいっ!」

すると、ピタリと足音が止んだ。

同時に、テレビがパチリと消された。

後日、他の社員から聞いたのだが、その葬儀場ではなぜか必ずと言っていいほど、通夜で送られた故人が夜中に現れるそうだ。

それは土地のせいなのか、建物のせいなのかわからないが、社員たちは寝ずの番は可能な限り引き受けないようにしているという。

S氏はすぐに、その葬儀屋を辞めた。

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