『雪国』川端康成 著

胸がときめく

親譲りの財産で、無為徒食の生活をしている島村は、雪深い温泉町で芸者駒子と出会う。

島村は許婚者の療養費を作るために芸者になったという、駒子の一途な生き方に惹かれながらも、ゆきずりの愛以上のつながりを持とうとしない。

冷たいほどにすんだ島村の心の鏡に映される駒子の烈しい情熱を、悲しくも美しく描く、川端康成の美質が完全な開花を見せた不朽の名作。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。
信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立ってきて、島村の前のガラス窓を落した。
雪の冷気が流れ込んだ。
娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」

明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包見、耳に帽子の毛皮を垂れていた。

もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。

「駅長さん、私です。御機嫌よろしゅうございます。」

「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ。」

「弟がこちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話さまですわ。」

「こんなところ、今に寂しくて参るだろうよ。若いのに可哀想だな。」

「ほんの子供ですから、駅長さんからよく教えてやっていただいて、よろしくお願いいたしますわ。」

「よろしい。元気で働いてるよ。これからいそがしくなる。去年は大雪だったよ。よく雪崩てね、汽車が立往生するんで、村も焚出しがいそがしかったよ。」

本作は言わずとしれた、川端文学の不朽の名作です。
自由気ままに暮らしている島村が、雪深い温泉宿で出会った芸者の駒子。いつも冷めている島村に対し、どこまでも純真無垢な駒子の一途さが作中ずーっとじれったいです。

おすすめポイントは、もうなんといっても駒子の一途さでしょう。飾ることなく正直すぎて、それでいて不器用な感じがとてもかわいらしく、いじらしいです。
読み勧めていくうちに、島村が嫌いになりそう。。。

あとは、”美”の表現が独特でした。解説で伊藤整さんが、『現象から省略して美を抽出している』と語ってますが、まさにそんな感じです。

三島由紀夫の親友でありながら、最後は憎しみあった川端康成の魅力を探りたい方、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。

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